2011年12月27日にアップした作品。


タイトル

「案山子の休憩時間」

「第一話 案山子」

金色の稲穂の水田に、一人。

わらと布と竹で出来たボロボロの体で、
長い間鳥たちから、作物を護っている。

あの人が丹精込めて育てた稲穂、刈り取るまで
一粒たりともゆずれはしない。

しかし、鳥たちは寄ってくる。
のん気な歌を歌いながら、あの人の苦労も知らず
稲穂から金の粒をついばんでいく。

こらーッ

案山子は、心の声で追い払おうとする。
案山子はしゃべれなかった。
その場も動けない。

ただ、人の代わりに、その場の番人としてそんざいするのみ。

あの人が早く来ればこれ以上取られることは無いのに。
・・・しかし、あの人は来ない。

せめて動ければ。

そんなある日、
魔法使いの使いの妖精が現れる。

長い間水田で一人頑張っている案山子に、
心ばかりのプレゼントがあるらしい。

妖精が、案山子のボロボロの体に
妖精の粉を一振り。

案山子は、次の瞬間、
腕が動いた。
足が動いた。
顔が動いた。

鳥が来た。
「こらーーーーーーーッッッ」
鳥たちがびっくりして飛び去る。
口も動く。

案山子は、自由を一瞬で手にしてしまった。

あの人に会える。
水田から離れた農家の家に
案山子は走った。
いったいどんな顔をするだろうか。

道行く人々は、案山子を見てびっくり、目をまん丸にして
腰を抜かす。
あの人もそうするだろうか。

だけど会いたい。

案山子は、あの人の元に走る。

しかし、あの人は、息絶えていた。
新しい麦藁帽子を作っている最中にポックリと・・・。

案山子は心が張り裂けそうだった。
やっと、こうして話せる時がきたというのに。

近くの農家で葬儀が行われ、
あの人は、煙となって空に昇っていった。


山のてっぺん。
マッチを取り出し、
案山子は自分のボロボロになっているワラと布と竹の棒の体に
火をつけた。
そうすれば、天に昇ったあの人に会える・・・そんな気がして。

しかし、雨が降った。かなりの大降りに火は消え、
案山子の願いは費えた。

そこに雨を起こした張本人、魔法使いが現れる。

「君には、まだやるべき事がある。」

案山子は駆けた。
石造りの神殿に、あの人の幽霊が待っている。

ついたそこには、あの人がいた。
景色と同化しそうな足の無い姿で。
手には作っていた麦藁帽子を持っていた。
持っていた麦藁帽子を案山子に渡す。

「これからは、自由に世界を生きて・・・
今までありがとうね。さようなら・・・」

案山子は、あの人が消えた後も、しばらく神殿を
離れなかった。


月日が流れ。


案山子は、世界を旅している。
あの人が楽しそうに語っていた、世界を見てまわることを
案山子は選んだ。
色んな部族に出会い、交流を重ね、生きることの素晴らしさを
実感している。

そして、そんなある日、森の中で。
案山子は、赤い服の少女に出会う。


「第二話 赤い服の女の子」

暗い森の中。

少女は赤い服を着て、
その中で、まるで、野獣のように
お腹が空いたら川で、魚を狩り、
木をよじ登り大きな木の実を取る。
服が汚れたら、川の水でジャブジャブ洗った。

そして、疲れたら、草原のカーペットで
満足いくまで眠る。

そんな生活を、何ヶ月も続けていた。

親は、いない。
だから、
一年の終わる感謝祭の日、
街に出て、同い年の女の子が
両親に囲まれて、棒付きの大きな飴を舐めているのを
みて、急にさびしくなった。

街は、賑わう。
少女は、森に向かって走っていった。
そして、大声で泣き叫んだ。

「どうしたんだい、こんなところで一人で」

陽気な男の声が聞こえた。
感謝祭で浮かれている酔っ払いだろう。

「今日は、感謝祭というのだろう?泣いてる場合じゃないだろう、
さぁ、楽しく盛り上がろう」

少女は、その声の主が憎くなって睨みながら
「あんたなんかに私の気持ちはわかんな・・・い」

目の前にいる人物は麦藁帽子をかぶった案山子だった。

「きゃーーーーーーーーーーーっ」
感謝祭に悪魔が出た。
よりにもよって何で、私の前に。
わけが分からない。
パニックになって、その場から走って逃げる。
森の中を奥へ奥へ。

「まっ、待ってくれー」
案山子は追いかけてくる。何故。私を食べるのか。
少女は、赤い服のスカートを捲り上げて
裸足で駆けていく。かなり早い。

しかし、
案山子も負けてはいなかった。
ぐんぐん追いつき。少女を捕まえた。
と思ったら少女はこけて、勢い余って案山子もすっころぶ。
森の中で二人は寝転がり、夜空を見上げていた。
空気が澄んで、星が綺麗に輝いていた。

「なんで追いかけてくるのよ」
少女は言った。
「泣いてる女の子を放っとくのは、我の致すところではないからね」
荒い息で案山子は答える。
「なんで、案山子の悪魔なのに息してるのよ」
少女がなおも問う。
「悪魔じゃないさ。これでも、
長年地方で水田を一人で護ってきた案山子さ。今は魔法使いの力で
動けるようになっているだけ」
「魔法使い!?」

少女は目を、夜空に見えるそれよりも輝かせた。
少女は、魔法使いが好きらしい。
ちいさい頃、かすかに覚えている両親との思い出に
魔法使いの絵本のお話を読み聞かせてもらうという記憶が残っている。

「素敵!」
少女は起き、
案山子の体を抱きしめて、
その場をくるくる回転した。
案山子の目も回る。
「私、魔法使いに会いたい。私たちともだちになりましょ!
マブダチに!!!」
「わーっ、マブダチ!?なんだいそれ、どんな感じ!!?」

こんな感じ!!!
ぎゅっと強く案山子を抱きしめ
少女は、草原まで走り。
そこでゴロゴロ案山子ごと寝転がった。

遠くで感謝祭のピーク。
鐘の音が聞こえる。

真新しい一年が始まった。


「第三話 一年の始まり」

粉雪が降った。

案山子と女の子は一緒に旅をすることになった。

女の子の両親のお墓に、花を供えて、
行ってきますの挨拶をした赤い服の女の子。
名前は、ノーラというらしい。

「ねぇ、あなたの名前は?案山子だからって名前くらい
あるんでしょ?」

案山子は「ルドルフ」と名乗った。
「あの人が、よく我をそう読んでいたからね、
愛着がある名前だ。」

女の子・・・ノーラは、にっこり笑うと、
「じゃあ、魔法使いに会いに、出発!!」

るんるん気分で道を歩き出す。
少し雪積もり始めた街道は、いつしか姿を山道に変え、
ノーラは、ぐぅ とお腹を鳴らす。

もうお昼だ。
よだれが出てくる。
ノーラは、案山子に少し休みたいという。
案山子は、歩を止めて、座れる場所を探した。

「ねぇ、ルドリー、狩りは得意?」
甘えた声で、ノーラは案山子に聞いた。 
「必要ないからね、生き物を殺したことは無い」
案山子はキッパリサッパリ言った。
使えないやつ。
言ってるそばから
ノーラは、ウサギを見つけた。

「よーし、見てなさいよ」小声で女の子らしからぬ
闘志を燃やすノーラ。

ゆっくりそーっと近づいて、ウサギの耳をひょいと掴む。
「やったー!!」
バリバリバリ!!!
ウサギの爪でノーラの顔は服と同じ色に腫れる。
「ぎゃーッッ」
ノーラは、叫んで、でも手は離さない。
痛みより食い気の方が勝っていた。
「フッ、なによこのくらい・・・」

ノーラは、持ってたナイフでウサギの首を落とし、
土の中に埋めた。
そして、毛皮をそぎ落とす。
案山子は、たき火を起こし、そこに棒で刺したウサギの体近づけ
こんがり焼けるまで待つ。
ノーラは、よだれをタラタラたらす。
限界ぎりぎりだ。
生肉でも食べてしまいそうな勢いだったが、案山子に止められた。

「いっただっきまーす」
程よく焼けたウサギ肉に、むしゃぶりつくノーラ。
「コレで、トロピカルジュースがあったら最高なんだけどね」

案山子は、食事を必要としなかったので、
ノーラの気持ちは、少しわからない。
生きるとは、かくも大変なものなのだなと。
・・・ウサギ肉がきれいに骨だけになった。
あっという間だ。

食事を済ませたノーラは、案山子の案内の元、
旅を再開する。

山を越えしばらく歩くと
トルアという港街につく。
感謝祭を過ごした街と比べて、あんまり賑やかではない。
祭りと比べたらあんまりかもしれないが。

そこで、街の住人が、変な噂話をしていた。
街をさびらせたのは、街の近くにある竜神の祠(ほこら)に住む
番人が、街に来る商業船を度々、魔法の力で沈めているせいだとか。

魔法という言葉に興味津々のノーラ。
番人という言葉に対抗意識を燃やす案山子。

「ルドリー、行ってみましょう!!魔法よ魔法!!!」
「はっはっは、長年水田を護ってきたこの番人が
祠の番人と対決する日がこようとはぁ〜!!」

誰も近寄らない、竜神の祠に住む番人。
恐る恐る近寄る。
あたりが暗くなってから、祠に近づくと、
祠の中に火が灯り、祠の外にある灯篭(とうろう)に
何者かが火を灯しに来た。
二人を待ち受けたものは・・・大きな蛙だった。


「第四話 竜神の祠の番人」

ついに対決の時が来た!

「ちょっち、待ちなさいよ、何で対決なのよ」
ノーラが案山子の息巻き顔にチャチャを入れる。

祠の前には、人間の大人くらい大きな蛙。
魔法を使えるらしいが果たして
その力は、商業船を一瞬で鎮めてしまうほど。

正攻法では勝てるわけが無いだろう。
「だから、なんで、戦うこと前提になってんのよ」
ノーラが案山子に少しというかかなり呆れ顔になる。

そうしているあいだに、蛙に動きが出る。

大きく口を開けて、かと思えば、
ゲーコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ!!!!!!

大きな鳴き声をかます!!

「う・・・なんて凄まじい雄たけびだ」
「素直にうるさいで良いでしょ、
なんなのあんた時々劇がかる台詞回し」
案山子にツッコミをいれるノーラ。

「いくわよルドリー、あの蛙に魔法を教えてもらうの」

ぶーーーーーーーーーーーーーーっ
おもわず、案山子のルドルフが口から唾を霧状に噴出す。
「きったないわねー、何よもう」
ノーラは非難ごうごうだ。
「何を言っているんだね君は。蛙に魔法を教わるですと!?」

「ゲコー、そこ、さっきから何やってるゲコ。」

いつのまにか大蛙が近づいてきていた。
「わわわわっ」
「キャー、ヌメヌメするー」
あまりに近づいてきたため、二人はあわてて後ずさる。

「ゲコー、近すぎたゲコ。失礼したゲコ。」

ノーラはしかし、また近づいて一言。
「わたしをあなたの弟子にしてくれない!?」
目がランランと輝いている。
「ねぇ、ねぇ、ねぇ、お願い!!!」
顔をどんどん近づけるノーラ。
汗を垂らす大蛙。

「で、弟子とは、歌のゲコ?」

ゲーコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ〜〜・・・!!!!!
歌だったらしい。

エンドレスでゲコゲコいいだしたので
「ストーップ、ストップストップ!!!」
ノーラがあわてて止める。

「やぁやぁやぁ我こそは、水田村のォ一番人、
ルドルフぅぅぅ!!!!いざ尋常にぃぃ」
「あんたは黙ってて」
「はい・・・(ぐすん)」

案山子は、少し夜風に当たってこようかなと
祠の外に出た。
祠の中では、
大蛙が、ノーラに海の幸をご馳走していたりする。
ばくはぐばくっむしゃむしゃむしゃ、うまっばかうまっずるる〜。
ノーラは豪快に音を立ててそれらを平らげる。
「ゲーコゲコゲコ、なかなかの食べっぷりゲコ♪」

「で、弟子とは、何のことでゲコ〜?」
「そりゃ、もち、魔法のこと」

大蛙は突然顔を強張らせる。
そして「か、帰れゲコ!!!!」
と言って、祠の中の自室に入り、ガギをガチャリと閉めた。

「ちょっとー!!どういうことよぉ!!!ねぇッもう!!!」
ドンドンドン!!!ドアを叩くが、大蛙は出てこない。

外では、案山子が、たそがれていた。
ノーラも赤いスカートを翻し、木の柵にもたれながら
海を見始める。
はぁ、望みはそう簡単には適わないものなのか。
人生の厳しさを知る。

ポォー・・・・・
遠くで船の来る合図が聞こえる。
商業船か。

祠の奥から勢い良く大蛙が現れ
商業船を沈めに行った。

「魔法!?ねぇ、魔法を使うの!?」
ノーラが、俊足で大蛙についていく。
その横に、案山子も。
「お前たち、何だゲコ、邪魔だゲコ。あっちいってなさいゲコ」
「悪いことするというのに、だまって見てられるわけがないでしょう」
案山子が、大蛙の前に立ちふさがる。

「違う。船が止まる場所に・・・・えーい、うるさいゲコ」
「魔法!魔法!!!」

呪文を唱え始める大蛙。
すると。波が揺れ始め、
一気に水が大きく跳ね上がり、
商業船に向かう。

「させるかーーーーーーーーーッッッ」
案山子は大蛙の呪文を唱えている口を、体の中の藁と針で
縫いまくり、大蛙の呪文を止めた。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ」
口が開かない。

波は止まり、商業船が港に停泊する。

地に手を着く大蛙。

後から聞いた話によると、港の海に接する壁に
海鳥の巣があったということだ。
今はもう、船で巣はめちゃくちゃ。

「何よ、そんな事で、人の乗ってる商業船を沈めてたって言うの!!?」

かわいそうなのは分かるけど・・・めちゃくちゃだ。

商業船が港に無事に入り、街に活気が戻り始める。

朝、大蛙の元に、海鳥の親子が挨拶に来る。
どうやら、昨日、雛が無事に空を飛べるようになったらしい。
昼には外を自由に飛びまわっていたということだ。

「何はともあれ、魔法の力を、人の命を奪うことに使ってはいけない」
「奪ってないゲコ。ちゃんと外に逃げる猶予はいつも与えてたでゲコ」

案山子は大蛙とまだ張り合っている。

ノーラは、外で、晴れた空の下、いつか自分も魔法を使えるように
なるかしら、と夢見る。
景色を眺めながら。



「第五話 大蛙の正体」

明くる朝。

大蛙は、名前を、ディノと言った。

話を聞くと、なんでも、西方の魔女に魂を奪われ
蛙の姿に変えられてしまったという。
魔法の力を得る代償としてはあまりに大きすぎたと
今では、それを悔いている。
身震いするほどに。

「だから、お嬢ちゃん、私の魔法の弟子になると言う事は、
魔女に魂を抜かれて蛙になると言う事ゲコ。」

ノーラは、がっかりした。
魔法とは、呪いの様なものを受けないと使えないものなのかと。

「じゃあ、元の姿は、どんな姿なの?」

「もともと、私は、この辺一体を護る竜神の末裔・・・でも、
魔法のような力もなく、人々には、蔑まされてきたんだゲコ」

大蛙は、寂しそうな顔をして、
外の潮風に当たりに行く。

ノーラは少し考えて、案山子に少し相談した。

「ねぇ、ルドリー。この大蛙のディノさんを、
あなたの言う魔法使いに会わせたら、
元の姿に戻してくれるかな?」

案山子は、首を捻って
「いや、実際のところ、我は、魔法使いの事を良く知らんのだよ」

何故、案山子を動けるようにしたのかも、
プレゼントという理由しか知らない。
結構気まぐれなそんざいなのかもしれない。

ノーラは、考える。
魔女を倒すにしても、やっぱり、魔法使いに会わないと
たぶん、力が足りない。
魔法の力は、強大だ。
大蛙がやってみせた奇跡にちかい技。
たぶん魔女の力は、あれを超えているに違いない・・・。

ノーラは、大蛙に言った。
「一緒に行かない?魔法使いのところへ」

「ゲコ〜」

大蛙は悩む。
魔法使いという存在が、果たして自分を元に戻してくれるのか。
もっと酷い目に合わされるのではないか。
うーん。わからない。
とりあえず。

「わかったでゲコ。何もしなければ、何も変わらんでゲコ」

「そのいきよ!!」

そうと決まれば話は早い。
ノーラたちは、大蛙の旅支度(たびじたく)を手伝う。

出発前、
大蛙のディノは、街の住人に一言謝り土下座した。
街の住人は、事情を聞いて、少し怒ったが、
寛容に許した。

「面目ないでゲコ。」

「いえいえ、そもそも、龍神の祠は先祖たちが護ってきた場所。
それを、ないがしろにしてきた自分たちも悪いんです。」
街の人が、ぺこりとお辞儀した。

「龍神様、道中お気をつけて」

涙が滲んできた大蛙は、魔法の呪文を唱え始めた。
遠くの海が、大きく飛翔し、

雨のように降ってきた。
大きな魚たちと共に。

「おおーーーーっ、魚がこんなにッッッ」

街の住人は、大そう喜んだ。

「言ってくるでゲコ!!!」

赤い服の女の子と案山子と大蛙は、
案山子の故郷、東にあるラドハリア領の小さな水田村に向かう。


「ひっひっひっ、龍神の末裔め、体をなおしに旅立ったか。
忌々しいねぇ。どれ、少し邪魔をしてやろうかね」

遠くで、水晶玉を見ていた、薄気味悪い存在が
ノーラ達の道中を不吉に彩ろうとしている。

そんな事もつゆ知らず。三人は、
東に歩を進めた。

「あーん、お腹すいた〜。わたしにはお魚ないのー!!?ねぇ!!」

やれやれ。

案山子と大蛙は少しため息を吐くと、
食事の用意をする。

街道は、まだ冬で、少し寒いが、
三人は、それでも、少し楽しかった。

仲間が出来るとは、かくも素晴らしきかな・・・と。



「第六話 魔女の邪魔」

案山子の一行は、食事をすませ、
旅路を急いでいた。

そうして、歩いてると、異質な森の入り口にたどり着く。

森には慣れていたノーラも、歪(いびつ)な木の形が
幾十にも連なる森を見て、寒気を覚えた。
冬であるのは、まぁ、置いといて。

「ねぇ、ホントにこんな場所通るの?
なんだかやばそうな雰囲気がするんだけど・・・」
ノーラが案山子に言うと、案山子は

「おかしいである、こんな森、前来たときにはなかった・・・うーむ
陰謀の匂いがするな」

「魔力を感じるゲコ・・・ここは、通らない方が身の為ゲコ」
大蛙が注意する。

「だがな、ディノ。ココを通る以外道が無い。両脇が崖だ」
確かに、森の両端は右も左も、崖が続いている。
森が大陸と大陸をつなぐ架け橋のように、まっすぐ目の前を伸びる。

「ゲコ〜。しかたない。十分注意して進むゲコ」
「ええ〜、なんか、空跳ぶ魔法とかで、パパッと森の脇を通過とか
出来ないの〜!?」
ノーラが大蛙に頼むが、そんな魔法は知らないゲコと一蹴される。
ため息をつくノーラ。

「わかったわよ、行けばいいんでしょ行けば」

恐る恐る、森に一歩、足を踏み入れる。
「待つゲコ!!!!」

すると、
案山子と大蛙の前からノーラの姿が消えてしまった。

森が霧に包まれる。

「「ノーラ!!!」」
二人が、呼びかけるが、返事が無い。
ノーラは森に飲み込まれてしまったのか。

「ええい、こうしちゃいられないのである。」
案山子は、ノーラに続いて森に入った。
「ま、待つゲコ!!!危険ゲコ!!!」
しかし、返事が無い。
「ぐぬぬ、どうするゲコ・・・」
大蛙は、一人、押し黙り考える。
そして、呪文を唱え始めた。
霧の魔法・・・幻術が仕掛けられている。
それを解かねば、二人は助からない・・・。

細心の注意は払い、知る限りの、解幻術の呪文を唱える。

((それでは、駄目だ))

どこからともなく、心に響く声が聞こえた。
大蛙は、びっくりして呪文を止める。

((今の呪文を、すべて、逆から唱えてみなさい))

大蛙は、言われるままに唱えてみる。

すると、

森の霧が晴れ、木の形が歪なものから普通の形に戻り
二人が、森の道で倒れていた。

「!!しっかりするゲコ、ノーラッ!!ルドルフ!!!」
大蛙は、二人をゆすり起こそうとする。

二人は
「むにゃむにゃ、もう食べられないわ・・・」
「むにゃむにゃ、うーむ、こんなに番人が・・・」
と、それぞれ、のん気な寝言を吐き出していた。

「まったく、先が思いやられるゲコ・・・ふぅ」

しかし、さっきの声は、誰だったのか・・・

問うてみたが、誰も答えず、静寂が流れる。

「まぁ、良いゲコ。さっさと二人を起こして、先を急ぐゲコ」

しばらくして、二人は起きた。

何だか、満足気だったので、少しムカついたディノであった。



「第七話 あの人は誰」


大蛙は、まだ考えていた。

森の魔法を解く時に聞いた声。
あれは一体誰だったのか。

知り合いに、魔法を使えるものがいない大蛙は、
本当に誰なのか見当もつかない。
しかも、遠くから、心の声を飛ばす魔法なんて自分は使えないので
かなりの術者に違いない。

大蛙は、案山子と赤い服の女の子に聞いた。
すると、しばらくボーっとする二人。
そして答えた。

「たぶん、ルドリーの知り合いの魔法使いさんじゃないの?」
「そうであるな。知り合いに魔法使いなんて、一人しかいないし」

大蛙は、そう聞いて、少し期待が持てた。
話が本当なら、その魔法使いに、魔女を倒してもらえるかもしれない。
高等魔術が使えるんだ、魔女の力を上まっていてもおかしくない。

赤い服の女の子、ノーラに、魚をせがまれた大蛙ディノ。
景気付けに、一発。大きい魚を遠く海から引き寄せた。
使える魔法を増やして、少しでも魔法使いに近づければ
自分の力でも魔女に対抗できるかもしれないが、
そのためには、知識が必要だ。
近場で手に入れた魔法の書には、高いレベルの技術は載っていなかった。
魔法使いのところなら、たくさん魔法の書があるはず。

「わたしも、魔法使いに魔法教われば魔法使えるようになるかな〜」
なんとも、のん気なノーラ。
魚が焼けるのをヨダレを垂らしながら待って、
大蛙が、魔法についての本を読んでいるのを見て、
また夢見がちな話を言ってきた。
ディノですら、自分の魂を引き換えに力を得たというのに
そう簡単な話ではない気がするのだが。
ずぶの素人が魔法を覚える事が出来るなら、
自分も、元の姿のまま、魔法を覚える事も出来たのだろうか。
少し期待に胸膨らむ。

何も出来なかった竜神の末裔が、元の姿で、何も出来ない生活に戻ると
なると、また街の住人に蔑まされるのではないか。
と、少し不安でもいる。
この旅は、果たして、ほんとにディノに良い事をもたらしてくれるだろうか。

「よっしゃ、焼けたわ。良い匂い〜♪」
ノーラが魚にかぶりつく。
「待つゲコ、私も食べるゲコ!!」
ディノも反対側から魚にかぶりつく。
「ちょっと、もう一匹取ればいいでしょ!!ああ、なくなっちゃう」
ノーラも負けじとかぶりつきまくる。

案山子のルドルフは、食事が必要なかったので、
ディノが読んでいた魔法の書を少し貸してもらって読んでみた。
「・・・うう、全然、読めないのであるぞ」
案山子作業ばかりして、ろくに字の勉強をしていないので当然と言えば
当然だった。

魔女は遠く魔法の城の中、水晶玉で、その光景を見ていた。
「ふん、失敗したねぇ。まさか、東の魔法使いに邪魔されるとは。」

ひっひっひっ、と、いつも笑っている魔女も、少し機嫌が悪いのか
険しい顔をしている。

「このままじゃ、何をしても、魔法使いが助言して切り抜けられちまうよ・・・どうしたもんかねぇ」

魔女はグラスに水を注ぎ、飲み干した。

そして閃く(ひらめく)。

「ひっひっひっ」

あやしく、微笑む魔女。

外では雷が鳴り響く。


案山子たちは、旅路を急いだ。
何者かが、自分達の旅の邪魔をしているのは明白。
一刻も早く魔法使いに会わなければ。

二ヶ月が過ぎ寒い冬が終わり、
ラドハリア領の水田村にたどり着いた一行は、
そこで、思わぬ事態に遭遇する。

なんで、こんな事に。

そこには、石化した魔法使いと、
近くですすり泣く彼の友達の妖精が飛んでいた。

春は、希望よりも絶望を運んできたようだ。



「第八話 すすり泣く妖精」


妖精は、案山子達一行が来ても、
しばらく泣き止まなかった。

魔法使いが石化してしまった理由と関係してるのだろう。

水田村の近くの山に、魔法使いの住処はあった。
妖精もそこで共に暮らしていた。
どれだけの年月を共に過ごしていたかは、
泣き止まない妖精の様子から伺える。

しばらくして、妖精が落ち着いてきたので、
案山子が話を聞いた。

どうやら、魔女が来たらしい。

最初、魔女は、魔力をまったく感じさせなかった。
どこかの貴婦人といった、洗練された美しい姿で
旅の宿を探していると、この魔法使いの住処に現れた。

ノックを三つ、木のドアに。

魔法使いは、外に出て、貴婦人を出迎えたのだった。

最初、何も疑わず、魔法使いは、貴婦人を家に招いた。
彼は、女に目をくらますような人間では決してなかったが
人が良すぎる性格で、とにかく、困っている人物に対して
黙って見ていられるような人間でもなかった。

妖精が問う。
「こんな夜更けに、あんな美人が旅の宿に困るなんて考えられないわ。
怪しすぎる。それでも家に招くの?
あなた、聖人君子にでもなるつもり?」

「別に、聖人君子なんて人に興味はないよ。ただ、夜更けに外にいるのは
危険すぎる。ここの山は特にね」

魔法使いは、お茶を淹れながら妖精をなだめた。

貴婦人は、魔法使いの住む家の中を、興味深そうに眺めていた。
魔法使いがお茶を出した。

「ありがとうございます。それにしても、すばらしい部屋ですわね。
掃除が行き届いてる。家具も大事に使われているのが分かりますわ」
貴婦人は丁寧に言葉を選んで話してきて、
魔法使いは、少し気分を良くした。
住み慣れた家だが、大事に使っているのは確かだったから。

そうして、貴婦人を客室に布団を敷いて寝かせてから、
魔法使いと妖精は、各々の寝床で眠りについた。
妖精は、小さなハンモックに揺られながら。
魔法使いは、長年使っている愛用のベッドに体をうずめて。


そうして、事件は起きた。
貴婦人は、豹変して、
魔法使いの寝床に侵入。
魔法使いが、目を覚まし、
迎撃のルーンを刻む前に、魔女は用意していた魔法の小瓶の蓋を開け、
そこから高速言語で魔法の呪文が飛び交い
魔法使いを光が包んだかと思うと
一瞬で石化。

妖精はあくる朝、魔法使いが石化させられている事に気付く。
寝ていたときの事の成り行きは
部屋にあった水晶玉に記録されていた事でわかったらしい。

妖精は、自分がもっとあの時、貴婦人に化けた魔女を
家に入れる事を反対してればと、後悔して、また泣き始めた。

案山子とノーラと大蛙は、魔女に先を越された事を悔やんだ。
大蛙は、自分が関わらなければこんな事にはならなかったと
自分の浅はかな希望や考えを呪った。

「とにかく、これからどうするかを皆で考えよう。
魔法使いの書庫に、魔女を倒す方法やヒントがあるかもしれないである。」
案山子は、大蛙を励ます。
「・・・そうだなゲコ。やるしかないゲコ!!」
「わたしも、何か手伝える事あるかな!?」
ノーラも、妖精さんが可愛そうでしかたがないので、
打倒魔女にもえるのであった。

「とりあえず、石化の呪いを解く方法を見つけねばいけないゲコ」
魔法使いは、戦力として、必要な頭数に入っている。
なんとしても、元に戻さなくてはならない。

妖精に、書庫に案内してもらう。
何冊も、本を取り出し、片っ端から読み始める大蛙。
ノーラも読むのを手伝う。
案山子は、妖精と共に、二人の食事を作る。

そして、ある本にたどり着いた。
ノーラが見つけ、大蛙を呼ぶ。
案山子と妖精も、なんだなんだと部屋に入ってきて、
大蛙が、声に出して読み始めた。
「石化を説く方法・・・」
だが、しかし!
そこに、魔女の罠がしかけられていた。
音読に反応する魔法。
逃げる事も出来ず、
案山子たち四名は本の中に閉じ込められてしまったのだ。

「ひっひっひっ、さぁ、楽しい遊戯の始まりだよ」

魔女は、水晶玉を見ながら不適に笑う。

案山子たち四名は、いったい、どうなってしまうのか。

そこには、いまだかつて、
この世界の住人が見たことも無い世界が広がっていた。



「第九話 異世界」


目を覚ますノーラ。

気がつけばどこか知らない場所で寝ていた。

大蛙が本を声出して読んだ途端に、本の中に吸い込まれた。
ココは、本の中の世界なのか。

辺りを見回す。

青黒い道の上を、金属の車が走っている。
かなりのスピードだ。
倒れていたノーラに、異国の言葉が投げかけられる。
何やら困ったような心配そうな顔をしたお婆さんが
こちらに懸命に話しかけている。

自分の国の言葉で大丈夫大丈夫と、お婆さんに笑ってみせる。
お婆さんも、分かったようで、お辞儀して立ち去る。

ノーラは外国に来てしまったようだ。
見事に、言葉が分からない。
でも、身振り手振りでなんとかなるもんだ。
と、少し不思議に思う。

案山子達もどこかにいるのだろうか。
皆目見当もつかない。

しばらく、歩いてみる。
石か何かで作られた直方体の背の高い建物が
何軒も並んで立っている。
いったいどうやったら、こんなに高い建物が建つのだろうか。

小さな壁につき当たり、それを登った向こうには
大海原が広がっていた。
海は、やっぱり良いもんだ。
不安がかき消される。

ぐぅぅうぅぅううううぅ

お腹が空いた。
何か食べるものを探さなくちゃ。

ノーラは、鼻をくんかくんかさせる。

甘い匂いがする。
匂いにつられて歩いていくと、
丸いもの五個串にささって重なって、
蜜のようなものがかかった食べ物が。
何やら店らしき場所に置いてあった。
しばらくみていたら、涎が出てくる。

しかし、ノーラにはお金なんか無かった。
しかも異国のお金なんて・・・。

悲しくなってきた。
すると、
お店の人が、一本、ノーラに、さっきの食べ物を差し出して
笑顔で何かを言ってきた。

両手を顔の前で交互に振って、お金が無いと言ってみる。
だけど、
店の人は、更に食べ物を差し出し、にこっと笑顔。
ウインクまでしてきた。なんだろう。

「・・・いいの?」

ノーラは、見知らぬ食べ物を食べた。
頬が落ちるほど甘くて美味しい。
出来ればもっと食べたい。
涎が出てくる。

はっはっはっと笑って、店の人が
透明な箱ごと食べ物をくれた。
十本入ってる。
がむしゃらに食べた。
涙が出るほど美味しかった。


店の人に手を振って別れ、ノーラは案山子たちを探しに歩く。
そもそも、この本の世界から脱出する事が出来るのだろうか。
お腹を満たされ不安が減ってきたが、やっぱり少し不安。

遠くで悲鳴が聞こえた。
なんだろう。怪物が出たのか。
怪物?

ノーラは声のする方向に走っていった。

そこには、見慣れた面々が気絶した異国人の女性に
あたふたしている姿があった。

どうやら、みんな無事だったらしい。

ノーラはホッとして、みんなの元に駆け寄った。



「第十話 異世界2」


ノーラが合流して、四人全員揃った一行。

異世界から出られずに時間だけが過ぎてゆく。

大蛙ディノは悩む。

世界の脱出方法を探すにも、言葉が通じない世界で
情報を探そうにも、本の文字も世界が違うので読めないのだった。
心配そうに、妖精が大蛙の肩に座って見守る。

他のメンバーは、観光気分で、色々見て回っていた。

何かを祀っている寺院のような建物をみたり、
それに手を合わせている住民の真似をして祈ってみたり。
のどが渇いたので、他の人が、手を洗っている場所で
水を汲んで飲んだりして、少し怪訝な顔されたり。
とにかく自由奔放に楽しむノーラと、その行動を陰で見守る
案山子のルドルフ。

ルドルフが道を歩いていると、現地人が悲鳴をあげていちいちうるさいので、木陰にかくれているのであった。
時々猫に会い、挨拶をするルドルフ。
びっくりして逃げる猫。
まさか、案山子がしゃべるとは、猫でも夢にも思うまい。

そんなこんなで時間が過ぎる。

夜になる。
昼間よりも行動しやすい時間になったので、
四名で、世界の出口の手がかりを探す。

そうこうしているうちに、
雰囲気がタダならない民家を見つけた。

魔法の文字ルーンを刻んである民家。
大蛙にも、それが読めたので間違いない。
ここは、元の世界でいう、魔法使いの家と同じ
魔法に関わる者が住む場所だ。

希望が見え始めた一行だったが、
夜、不振な輩四名を、果たして中の住人は受け入れてくれるだろうか。

家の前でしばらく考えたり話し合ったりする四名。

そこに声がかけられた。
現地の国の言葉で。
家の戸がガラガラとスライドされ
中の住人が出てきたのだ。

大蛙は、焦り、何を思ったのか魔法のルーンを刻む。

住人の目の色が変わった。

「そうですか、あちら側の人ですね」

ノーラ達にも分かる言葉で、住人は話してきた。
そうして、家の中に、四名を招き入れる。

「さぁ、疲れたでしょう。こちらでゆっくりなさってください。」

立ち並ぶ調度品は、やはり、魔力を帯びている。
間違いない。住人である彼女は、魔法使いだ。
彼女は、四名の住む世界の言葉でマティスと名乗った。

「では、話を聞かせていただきましょうか。」
現地のお茶を出すマティス。
ほんのり甘い味わいのするものだった。
が、
「苦い〜」
ノーラはうめいた。

「そう・・・西方の魔女の仕業で・・・わかりました。」

マティスは、四名を。魔方陣のある部屋に案内した。
一行を、魔法陣の中心に入れ、
魔法を唱える。
送還の呪文だった。
どうやら、元の世界に帰してくれるらしい。
しかし、大蛙が止める。ノーラも。

「おや、どうしたのです?」
マティスが聞くと二人は、

「魔法をおしえて!!」
「魔法を教えてくれでゲコ!!」

同時に言い放った。

少し困惑するマティス。
しかし、
手をポンと叩き、
「まぁ、いいでしょう♪」

と、なにやらご機嫌な返事を返してきた。

こうして、異世界での魔法修行が始まった。


「第十一話 魔法修行」

赤い服の女の子ノーラと大蛙ディノは、
異世界の魔法使いマティスに魔法の修行を受ける事になった。

魔法。
果たしてどんな修行をするのか、ノーラは検討もつかない。
大蛙の方は、多少ズルして使えるようになっている分、魔法について
少しは詳しく知っているわけだが。

これからするのは、魔法を使うための魔力を体に溜め込むための器作り。
マティスは、戸棚から、秘薬の入った瓶を取り出し、
二人に手を出すように言う。

手の上に、薬を出す。赤いカプセルに細かく白く魔法文字が刻まれている。
それを飲むように言われ、二人はおっかなびっくり飲み干した。
体の中で臓器が悲鳴をあげながら変化していく。
ずずずっと新しい臓器が出来上がっていく。
「その新しくできた臓器は魔法の器、魔法器臓といいます。それがないと
まず、普通の人は魔法を使えません。」
マティスはそう言って、二人に水の入ったコップを差し出す。

二人はお腹の中が暑くなってきて、苦しくなり、床に寝転がりのたうち回っている。
水を飲むのは無理の様子。
今まで大蛙は、魂の入っていた臓器を魔力の器代わりに使っていたが、
本格的な臓器を自らに作るのは初めてだった。

「仕方がありませんね、修行は臓器が馴染むまで待ちましょうか」
マティスは、ふぅとため息をついて、案山子と妖精の方に歩いていった。

案山子のルドルフと妖精は、マティスに渡された、文字の書き方のドリルに悪戦苦闘していた。
こちらで言う五〜六歳の子供が、ひらがなを覚えるくらいのレベルで、
本当に基礎中の基礎を練習している。
たぶん、ノーラも魔法文字で同じような苦戦をするだろう。

ABCDEFG・・・アルファベットの26文字を一文字ずつ書き写し、
マティスに読み方を教わる。
次に、優しい単語を書いて発音。繰り返す。
そして、短い文章を書けるようになった。

そこまで行き着くのにおよそ五時間。
案山子と妖精の学習能力に、少し心踊るマティス。

それでも、案山子と妖精の頭は、もうパンク寸前だったらしく、
きゅーっといってパタッと床に倒れた。
勉強するとは楽しくもあり難しくもあり。
イバラの道と言っていい。
苦労も仕方のないこと。

マティスは、久々の客に、色々なことを教える楽しみに燃えていた。
元の世界では、何年か教師をしていた事もある。
が、魔法に手を出してから、その生活は徐々に変わっていった。
忘れていた記憶を思い出し、少し苦笑するマティス。
それも、いまやいい思い出だ。

夕ご飯の仕度(したく)をしながら、
物思いにふけっていると、
ノーラが、ご飯の匂いにつられてやってきた。
「もう、お腹は大丈夫かしら?」

ノーラ答える。
「今は、だいぶ新しい器に慣れてきて、お腹が空き始めたわよ・・・
だってお昼ごはん食べてないんですもの!!!」

味見!味見!と食べ物をせがむノーラ。
はいはいと笑うマティス。
知らない人から見たら、二人は親子に見えるかもしれない。
髪の色は両方とも黒で、肌は白。
二人のほほえましいやり取りに、心和む案山子。
一人で泣いていた頃のノーラを知っている分、嬉しい。
そうして、今日覚えた文字達を復習するのであった。

楽しい時間も過ぎるのは早い。

明くる朝。
さっそく修行の第二段階に進む。
ノーラと大蛙は、その課題に唖然となった。

魔力を使って、床に打った点に片手の人差し指を立て、
逆立ちを一時間すること。

大蛙には、今までの魔法の力を封印してあるので、
ノーラと難易度は同じ。

集中して、魔力を強化する訓練らしい。
二人は、体が浮くように逆さまになるように念じながら点に指を突いた。
しかし、なかなか、上手くいかない。

別室では、案山子と妖精が、筆記で話しをしていた。
覚えた文字を使い、かなり楽しそうにやりとりしている。

「あっちは順調のようね。」
くすりと笑うマティス。

ノーラ達は、時間が経つだけで、いっこうに体が浮かび上がらない。
何かコツを聞こうとしたが、
自分で考えて。の一点張り。
だんだん、イライラしてきたノーラは、
「外の空気を吸ってくる!」と出て行ってしまう。

修行は続く。困難も。

果たして、こんな事で、西方の魔女を倒せるのだろうか。



「第十二話 魔法修行2」

修行は続く。
集中して魔力を鍛える点の修行。

大蛙に変化が起きた。
体が、宙に浮き始め、人差し指で、逆立ちをして見せたのだ。
成功だ。
本人も、魔力の充実を感じている。

「やったでゲコ〜」
汗をじんわりかきながら、喜ぶ大蛙。
ここまでくるのに一週間。かなり早いペースねと、マティスは言う。

焦るノーラ。
魔力の器は、もうあるのに、
魔力をコントロール出来ない。
やはり素人だからか、
時間だけが空しく過ぎていく。

昼になった。食事の時間だが、
ノーラは、あまりご飯を食べない。
いつもなら率先してご飯を催促するというのに、どうしたんだろうか。
案山子達は心配する。

赤く丸く甘酸っぱい、自分の身の大きさほどの果物を妖精は食べる。
妖精は、名前を誰にも告げずに過ごしている。
名前を人間に知られると、妖精の力を失ってしまうから。
妖精界の掟。
そもそも人間には発音できない言葉の名前だが。
妖精が、ノーラに、いつものように自分の食べかけの果物を差し出す。
自分じゃ全部食べられないのが理由だが、
ノーラは食べてくれない。

「・・・ごちそうさま。」
ノーラは、ごはんにあまりスプーンをつけないまま、席を立った。
かなり落ち込んでるようだ。
大蛙が仕方がないとコツを教えようとするが、マティスに
「待ちなさい」と声で制される。

コツも含めて、自分で掴んでいかないと、修行で力はつけられない。
さもなくば脱落していく・・・と、経験でマティスは知っていた。

ノーラは、修行が上手くいかないと、良く、
マティスの家の近くの海を見ていた。
ため息が漏れる。
「自分には才能がないのかな・・・」と、暗い気持ちになる。

案山子がノーラに声をかける。
しかし、ノーラは、答えない。
「・・・らしくないであるな。お転婆なノーラはどこに行ったのだ。」
十数分話しかけ続けると
「・・・うるさい」
ノーラが、少し怒った。
そして、泣きはじめた。
「あんたに、わたしの何が分かるって言うの!!!」
案山子は戸惑いつつも言う。
「何も分からないのである。」
案山子は、片手人差し指で逆立ちしてみせる。すぐ倒れるが。
「ノーラと同じように、これは出来ない。」
むっとするノーラ。
「だから何よ。魔法が使えなきゃ出来るわけないわ。
・・・あんたには、
薬を飲むための器官がないから、魔力の器もつくれないから、
魔法は無理でしょ。でも、わたしにはまだ可能性があるわ!」
そういうが、下唇を噛み締める。
「可能性があるのに全然出来ないのよ。・・・どうせ才能がないの!!!ほっといてよ!!!」
息を荒げる。かなりまいっている様だ。
案山子は続けて言う。
「そうだ。魔法じゃないと出来ない事もある。けど」
「・・・なによ?」
「普通の案山子は動けない。普通の人間は動ける。君は一週間動けないだけだろう。我は、何年も動けなかった・・・その悔しさがわかるか」
「・・・」
ノーラは黙って考える。
それから、
「話してくれなきゃ分からないわよ、歴史なんて」
「そうである。」
「!!」ノーラは、マティスの家に走る。
案山子は微笑む。
ノーラは、マティスに、書庫の本を見せてもらう。
・・・魔法の歴史の本を。

二日で本を読み終え、魔法使い達の苦労や失敗の経験を知り、
そこから、自分の失敗の小ささを知り、
ノーラは、やる気を取り戻す。

そして。

「できた!!」

一ヵ月後。
ノーラはとうとう、魔力を操り片手の人差し指で逆立ちする事に成功した。

修行とは、自分の失敗と成功との戦いなのだ。
他人の成功の早さと比べるものではない。
案山子にお礼を言おうと、案山子の元に向かうが、

案山子は浜辺で一人、動かなくなっていた。



「最終話 案山子の休憩時間」


案山子は動かなかった。
いくら呼びかけても、揺さぶっても返事がない。
まるで、歯車の取れた時計のようだ。

ノーラは、声が出なくなった。
涙が溢れた。
マティスにも妖精にも、案山子を再び動かす事は出来ないと言う。
一度尽きた効力を、再び呼び戻すのは不可能に近いらしい。
奇跡は、一度だけ起こせるかどうかわからない大きな事。

ノーラは、家族を事故で失っていた。
あの時も今も、雨が降っている。

悲しいのはたくさんだ。

家族を失うのは、もう嫌だ。

ノーラは、涙を拭い、決意する。

月日は、川のように流れていく。

              
              
                ◇



・・・

暖かな感触。

誰かに触られているのだろうか

長い夢を見ていた。

涙声で我を呼びかけてくる声がする。

「起きて」

声に耳を傾ける。

何だか懐かしい気がする。

いったいどれだけ眠っていたのだろう。

目を開けてみる。

そこには、赤い服の・・・女性がいた。

黒髪で肌が白い。綺麗な一輪の花のような女性だ。

「・・・マティス・・・いや、違うであるな・・・。」

女性は微笑む。

「ルドリー」

その呼び方に、頭が鮮明になる。

「ノーラ!!」

勢い良く体を起こす。

埃っぽい竹と藁で出来た我が手を見て、かなりの年月を感じる。

「ノーラ・・・であるか・・・」

「ええ、そうよ、ルドリー・・・見違えた?」
笑ってみせるノーラ。
目にはまだ涙が残っている。

「いきなり止まっちゃうんだもの、びっくりしたわ、あの時は。」

ノーラは嬉しそうだ。

「あれから、修行を続けて、元の世界に帰ってね。
魔女を懲らしめに行って。
魔法使いさんも石化から救って、今じゃ妖精さんと
楽しくまた暮らしてるわ」

カーテンを開くノーラ。日の光がまぶしい・・・。

「それから驚いたのは、大蛙のディノ・・・彼ね」

日の光を遮る、巨大な影。

それは、山のように大きい。

「竜だったのよ、元の姿。竜神の末裔ってすごいわね」

実にあっさりと、真実が明かされて驚愕する案山子のルドルフ。

「わたしも今じゃ、立派な魔法使い。・・・なんて、自分で言うのも
なんだけどね。ルドリー・・・あなたを起こすのに苦労したわ」

手に大きなアザを作っているのが、ちらりと見えた。
かなり危険な事をしたのだろう。
「一体何を・・・!!!」
「分かってる、怒らないで」
ノーラが、案山子を抱きしめる。

「家族を取り戻すためよ。・・・多少の失敗は、仕方が無かったの」

「家族・・・」

「そう、あなたは私の家族。・・・大切な。」

ノーラは、少し照れくさそうだ。

案山子もつられて照れくさくなる。

「さぁ、十分休めたでしょ。また旅に行きましょうか。」
ノーラが、顔を上げ笑顔でそう言う。

「旅か。いいであるな!!!」

二人は、旅行カバンを手に、再び旅に出かけていった。

今度の旅は、はたしてどこに行くのか。
二人にも、まだ分からない。


終わり




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